吉田牧場が生産終了はいつ?理由はなぜ?テンポイントと名馬一覧!

1897年の開業から実に120年以上もの歴史を刻み、テンポイントを始めとした数々の名馬を生み出した吉田牧場が生産終了を決定しました。

生産終了の理由の最も大きなものとして2020年4月に起きた火災が挙げられますが、理由は他にも存在します。

今回は、吉田牧場が生産終了することとなった理由や生産終了の日程、吉田牧場出身の輝かしい実績を遺した名馬の数々や吉田牧場の120年を誇る歴史についてお伝えします!

北海道の吉田牧場、その歴史

吉田牧場は1897年に当時の北海道の安平村、現在の安平町に吉田権太郎氏によって操業されました。

吉田牧場は一族で代々経営しており、現在のオーナーは3代目の吉田重雄氏の実弟でありかつては騎手でもあった吉田晴雄氏が務めています。

創業当初はしっかりとした競走馬生産は行っていませんでしたが、札幌の著名な調教師である稗田虎伊と出会い、彼の「サラブレッドは世界で最も優秀な馬だ」という話から良質なサラブレッド馬の育成に取り組んでいくこととなります。

経営が2代目の吉田一太郎氏に継がれ戦争が終わり、競馬が再開すると吉田牧場は実績を挙げ始めました。

吉田一太郎氏は馬の育成の際に幼いうちからのトレーニングを特に重要視し、それに伴い必要となってくる栄養を育む豊かな土壌や強い血統を揃えるのに手間と時間を惜しまず注いだ事によって、競馬界においても高い実績を打ち出すことに成功したのです。

一太郎氏の死去により経営は3代目の重雄氏に移り、程なくして吉田牧場最高の名馬であるテンポイントが誕生します。

重雄氏は外国産の馬を積極的に取り入れることでより一層の実績を遺しました。

そして重雄氏が2001年に亡くなると、現在のオーナーである晴雄氏へと経営が移りました。

吉田牧場の生産終了の日程、生産終了の理由

長い歴史を誇った吉田牧場ですが、今回生産終了が決定することとなりました。

2020年4月2日に火事が起こり、5頭いた繫殖牝馬が全て死んでしまったことが最大の原因でした。

しかし、オーナーである吉田晴雄氏としても80近くとなる年齢では流石に経営に体力的な限界がきており、そのことも今回の決断に至る大きな要因となりました。

つまり、元々ある程度限界は見えていましたがそれが火災によって早められた、という形になります。

功労馬として生まれ故郷の吉田牧場で引退後の余生を過ごしているアブクマポーロスティールキャストといった名馬たちに関しては最後まで面倒を見ていく方針です。

なお、吉田牧場が競走馬の生産終了を発表した日程は2020年5月27日です。

テンポイントを始めとする吉田牧場出身の名馬一覧

吉田牧場出身の名馬たちの一覧とその解説をいたします!

テンポイント


テンポイントは吉田牧場の中でも最高の実績を誇り高い人気を博した名馬です。

1973年に誕生し1975年に競走馬としてデビューを果たし、流星と呼ばれる特徴的な細長の白斑と鮮や栗色の毛から「流星の貴公子」と呼ばれました。

生まれた当初からがっしりした体躯が評価を集め、デビュー当時から鋭い動きを見せ一番人気の支持を受けた程です。

更にデビュー戦で圧倒的な差をつけ優勝したことでテンポイントは「クラシック」候補として注目を集めることになりました。

翌年以降は圧倒的な差ではなくとも無敗で勝ち星を伸ばしていたが、続く菊花賞と有馬記念においては2着に甘んじる結果となりました。

しかし更に翌年のテンポイント5歳の年に天皇賞で見事優勝を果たし、初の八大競争制覇を果たした上年末の有馬記念ではこれまで接戦を演じつつも負け続きであった最大のライバルトウショウボーイを大激戦の末抜き去り優勝し、テンポイント全盛期の年となりました。

ところがテンポイント6歳の時にレースの最中で重度の骨折を負い、長い治療の末死亡してしまいます。

このことは当時のトップニュースとして報道されました。

テンポイントの生涯成績は18戦11勝、獲得賞金3億2841万5400円と日本でも指折りの成績を収め、葬儀が行われた後は吉田牧場に送られ丁重に土葬されました。

ワカクモ

 

1963年生まれの牝馬であり、競走馬を引退した後は繫殖牝馬としてテンポイントやキングスポイントを生んだ馬でもあります。

競走馬としてデビューした当初は2戦目で勝利を挙げ桜花賞において接戦を制して優勝するなど実績を挙げましたが、それ以降は中々勝ち星が挙げられませんでした。

生涯成績は53戦11勝、獲得賞金は4960万7450円でした。

繫殖場としてのワカクモは名馬を輩出し、31歳の長命でこの世を去りました。

フジヤマケンザン

1991年に競走馬としてデビューし、日本馬としては実に36年ぶりの国外重賞の勝利を収めた名馬です。

生涯成績は38戦12勝であり、獲得賞金は5憶1170万5000円+373万8500HKドルです。

引退後は功労馬として余生を過ごしました。

 

吉田牧場は120年を越える歴史の中で多くの人々に愛された名馬を数多く輩出してきました。

その優勝馬を多く生み出した競走馬育成方針は他の競走馬生産牧場にも多大な影響を与えていた為、生産終了は競馬界隈にとって大きな損失と言えます。

今後競馬界や競走馬はどのような変化を見せていくのか、しっかりと注目していくべきでしょう。

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